マダマ/nyanyannya(大天才P)- SynthV 重音テト
人の世は寄せてまた返すのだから
作詞作曲 nyanyannya(大天才P)
イラスト 予感子
歌唱 Synthesizer V AI 重音テト
• 【ボカロ】リドル・マーメイド (SynthV Yuma)【Voccaloid Syn... ※このシリーズのプレイリスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLN97vE-trF-Vp_p6VmpuI0__MCA3_ZhI_
• ボカロ曲 Vocaloid songs / nyanyannya(大天才P) ※ボカロ曲のプレイリスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLN97vE-trF-VBdo7m2bORrEWLqc5Hug6b
🎙カラオケ音源(BOOTH)
https://club-majesty.booth.pm/items/3154475
◆◆◆シリーズについて◆◆◆
短い文章と音楽作品の組み合わせで展開される鉛姫シリーズ「リドル・マーメイド」は心象世界カドワナルカにあるホストクラブ「マーメイド」のホスト「乃愛」の活動を追うことで物語が展開されていきます。音楽作品はそれぞれ彼が対峙した妖怪(あやかし)と呼ばれる女性客をモチーフに描かれ物語に奥行を追加してくことになるでしょう。
◆◆◆ストーリー導入文(フレーバーテキスト)◆◆◆
「水槽には“貴婦人”が住んでいる」
そんなうわさ話を私はいまだ信じている。
キスクァの歓楽街、ユリゴークストリートの夜は酒と香の煙とで薄い膜を張り、真実と幻の輪郭を曖昧にする。
その日も私は通りの上階にある古地図店の窓から、その膜ごしに世界を覗き込んでいた。
客引きのネオンが脈打つたび、どこからともなく潮の匂いが立ちのぼるのは、
この街が遠い昔に運河の上に築かれたからだろう。
水槽――皆が《マーメイド》と呼ぶその店は地図に名を残さない。
ある夜は劇場の裏口に、またある夜は教会の塔の影に入口が穿たれ、夜明けと共に跡形なく閉じるのだという。
それでも常連は迷わない。
彼女らは皆、胸のどこかに鉛のような痛みを抱えており、その痛みが羅針盤になるらしい。
私が初めて《マーメイド》を見た夜のことは、今も鮮明に覚えている。
かつて、この店の飾り窓に翡翠色に照らされた円形の水槽を見たからだ。
中を泳いでいたのは、絹の夜会服の裾を翻すような“扇尾龍(ハーフムーン・ベタ)”――。
宝石の鱗を持つその雌魚を、他の魚たちは敬意を込めて『貴婦人(マダマ)』と呼んでいた。
長い鰭が揺れるたび、水底に置かれた小さな木製の箱舟が微かに揺らぎ、水面に銀の皺を生む。
舟には無数の名前が刻まれていたが、わずかに読み取れたのは〈Noah〉という文字だけだった。
「ここでは傷口の深さほど酒が甘くなるんだ」
いつの間にか隣に立った男が、私の耳元でそっと囁いた。
月白のスーツに翡翠のタイピン、そして――壊れかけた眼差し。
所作ひとつに夜の雅やかさを投影したその男は、水槽の縁へ歩み寄ると懐から指先ほどの水晶瓶を取り出した。
中で揺らめく青い燐光は、瓶という器に幽閉された“魂”としか呼べぬものだった。
男は瓶の栓を外し、ひと雫ずつ水面へ落とす。淡く発光する泡となった魂は導かれるように箱舟の隙間へ吸い込まれてゆく。貴婦人はそのたびに鰭を震わせ、舟は新たな名を刻みながら軋んだ。
その"儀式"が静かに完了すると、男は枷が外れたような、赦しにも似た息をひとつ吐いた。
それから忍び寄る夜明けの気配を悟ってか、男は最後に唇だけで「またね」と告げると闇に溶けていった。
私はすぐ後を追うが、そこには扉などなく古びた煉瓦壁があるばかり。ただ潮風だけがほんのりと残されていた。
「水槽には“貴婦人”が住んでいる」
以来、私はそんな話を信じているのだ。
今日もまたこの街で、幻の膜の向こう側で、
《マーメイド》とその舟は、痛みをすべて積み込んで暗い海へ漕ぎ出すのだろう。
私たちが吐き捨てたささやきや祈りを、小さな泡に変えながら。
――潮跡書房の常連 ルチア・ヴェリタの手記より
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2025年07月18日